一階店舗、地下店舗

春の優しい空気がやってきましたね。ただ、花粉とか黄砂とかがあり、なかなか、勇気を持って外出するのが難しい季節です。これから先は暖かくなるので、寒い季節が、また、恋しくなってくる季節がやってきます。でも、なんとなく、この季節のことは忘れてしまいそうな、そんな日常を感じます。

 

一階店舗、地下店舗、お問い合わせを待ってます。スナック店舗も空いておりますので、是非、ご連絡ください。最近、お問い合わせが少なく、寂しいです。是非、お願いいいたします。

 

今日ちょっと考えていたのですが、おっさんになって、人生で後悔していることは何か、ということについて、ふと、こういうことは新生活を始められる方にとっては必要ではないかと思いました。

 

こういうことは、個人的なことであって、法則みたいに万人に適用できるものではありません。小さな後悔を積み重ねていけば、それは、数十個くらい挙げられるかもしれませんし、性格や才能、環境が違えば、また、違うやり方があっただろうし、そういうところは、少しの運命が影響していると思います。(完全な自由意志も完全な運命もない、という考えを持っています)

 

後悔していることは、何か、経歴に傷があったとか、今の自分の生活とかにはないです。若干はありますが、それは、ある程度、運命(この場合は外部環境)に左右されることだからだと思っています。

 

本当の後悔は、ずばり、

「法律的に違反していなければ、ある程度、倫理的な違反を犯しても良かったのではないか」ということです。これは自分の夢などと関連してきます。

 

これは嘘をついたり、法律上のグレーゾーンを突いたり、法的に問題がないことをしてもいいのだ、という意味ではありません。ましてや、他人に危害を加えたり、社会的損害をあたえるということではありません。

 

個人的に心理的な内部で、これは、倫理上(気持ち的に)許されないのではないだろうか、という一線を越える、という意味であります。

 

新生活を始めると、社会的なルールを守らなければいけないし、それ以上に、個人の中のルールを確立する必要があります。そういう個人の中の倫理的なルールというのは、思ったより自分の行動を制限してしまいます。それを確立するというのが新生活の醍醐味でありますし、ただ、制約を加えすぎると身動きが取れなくなるぞ!ということを伝えたいのです。

 

そういう意味で、自分なりのルールを確立する上で、一線を越えるべきだったという後悔があるのです。ルールを確立したうえで、一線は越えなければならないということです。何度も言いますが、法的なルールは超えてはいけません。

 

これがおっさんになっての後悔ですね。まわりの状況や他人がどう思うか、これをすると、外部の人間を含めてどういう状況になるか、そういうことを考えすぎるのも、あまり良くないと言いたいのです。

 

たぶん、これが、ずっと続いている。私の考えることは、他人にも伝わるはずですから、具体的なことを例示することはいたしません。

 

何か、一線を越えたとき、それが人生の後悔のないときになるだろうと直感しています。

 

おっさんは、今の状況においては、このアドヴァイスをします。

 

最後に、新生活、平穏無事でお過ごしくださいませ。